吹く風

2022年10月

「ああ今日はこのにおいか」
朝、目が覚めて窓を開けると
日替わりでいろいろなにおいが
部屋の中に染みこんでくる。

『このにおい』といったって
別に特別なにおいではない。
何度も嗅いだことのある
ありふれた朝のにおいだ。

ただ、いろいろなにおいを
ひとつひとつ覚えているのは、
そのいろいろなにおいの中に
ひとつひとつの思い出があるからだ。

そのにおいがすると思い出は
瞬時によみがえってくる。
しばらく感傷に浸った後で
においとともに消えていく。

「ああ今日はこのにおいか」
朝、目が覚めて窓を開けると
日替わりでいろいろなにおいが
部屋の中に染みこんでくる。

少し前の映画を見ていると
たまに現在映画やドラマで
大活躍している俳優女優の
若い頃の姿を目にすることがある。
もちろん現在のような
重要な役じゃなくチョイ役だ。
そのせいなのか、若さのせいか
どいつもこいつも垢抜けない。
おかげで最初は気がつかない。
見ているうちにだんだんと
「もしやこいつ」となってきて
調べてみたら案の定、やはり
こいつはこいつだった。

しかしこれがどうしてどうなって
今の顔になったんだろう。
もちろん髪型が変わっているし
体型だって変わっているし
化粧の仕方も変わっている。
だけどそれだけではないようだ。
「二重の度合いがちょっと違う」
「鼻の高さがちょっと違う」
「顔のバランスがちょっと違う」
という疑問が次から次に沸いてくる。
もしかしたらこいつら、プチッと
いじっているのではなかろうか。
今では普通のことなんだろうけど。

秋風の吹く晴天の富士スバルラインを
バスは軽快に登っていく。
バスガイドの説明そっちのけで
ぼくたちは好き勝手に歌をうたう。
誰かが『岬めぐり』を歌っている時、
窓から湖が見えてきた。
それが思い出のひとつになった。

白糸の滝で濡れながらの写真撮影。
他のクラスの記念写真に
霊の手が写っているとわかったのは、
修学旅行が終わって数日後のことだった。
とりあえずその時は滝に濡れた記念撮影、
それが思い出のひとつになった。

修学旅行生がおみやげ屋に殺到し、
どこにでもあるような土産を買っている。
ぼくたちはそれを尻目に
試食品を食べあさる。
友人が試食品を箱ごと持ってきたものの、
おいしくなかったのでえらく後悔している。
それが思い出のひとつになった。

その日長嶋茂雄の引退試合があった。
その時のセリフがこの先何年も何十年も
語り継がれていくことになるのだが、
ぼくのクラスの人間は、
誰も長嶋に関心を示さなかった。
それが思い出のひとつになった。

野球部の友人が
富士急ハイランドのバッティングセンターで
一球もかすりもせずに三振した。
それを見たぼくらは、
「甲子園は無理だな」と言い合った。
それが思い出のひとつになった。

ぼくたちの修学旅行は富士山から始まった。
そこから始まる思い出のひとつひとつが
いくつもいくつも重なって、
今では高校時代という
ひとつの思い出になっている。

鉄腕アトムを見終わった後
ぼくは布団の中でクルクル、
クルクルと世の中が
回っているのを感じたんだ。
気がつけば東京五輪をやっていて、
気がつけば大阪万博が終わっていて、
わけのわからないまま時代が進み、
その流れの中で老若男女は踊らされ、
政権交代なる噴飯物の
茶番劇にまで付き合わされ、
国土は乱れ、他国になめられ、
今ここにいる。ここにいる・・?

ああ、それもこれも何もかも
鉄腕アトムを見終わった後
布団に入ってから始まったことだ。
願わくはこれが夢であることを。

ぼくが高校一年生の頃の話だ。
数学の授業中に担当の先生が突然
教室を抜け出したことがあった。
何も言わずに出ていったものだから
教室内はちょっとガヤついたのだが、
十分ほどして先生は戻ってきたので、
大きな騒ぎにはならず、職員室に忘れ物でも
取りに行ってきたんだろうということになった。

ところが先生はそれ以来頻繁に教室を
抜け出すようになったのだ。
うちのクラスだけではなく
他のクラスでも同じことをやっていたようで
これはおかしいということになった。
そのことを先生に聞くわけにもいかないし、
かといって、こちらが教室を抜け出して
先生を付けていくわけにもいかないし。

そういうことが何度か続いたある日、
例のごとく先生は教室を抜け出し
しばらくしてから戻ってきた。
ところが、出ていった時と様子が違う。
ネクタイの先が左の肩に乗っていたのだ。
それを見てぼくらは合点した。
「先生はトイレにしばらく入っていたんだ」
なるほどほのかにニオイが漂っていた。

和式トイレ全盛の頃の懐かしい思い出です。

例えば映画館のような
外の明かりから隔離された場所で
過ごしていると
天気や時間がわからなくなってしまう。
入館する時に晴れていたら、
途中の変化を知らないので
頭の中は晴れたままの
イメージを保っている。
そのため外に出た時に
雨が降っていたりしたら、
違う世界に迷い込んだような
妙な気持ちになってしまう。
時間に関しても同じようなもので、
昼間に入館したら、頭の中は
昼間のイメージのままでいるので
夜にそこを出た場合
昼が突然夜になったような
不思議な感覚に陥ってしまう。

映画を見るための少しの時間、
外の明かりから隔離されただけでこうだ。
もうすぐぼくはこの世に生まれてから
65年の時間を経過する。
ということはそれだけの時間
あの世から隔離されているわけだが、
心の準備の出来てない今、
もし死に到ったとしたら
その戸惑いというものは
映画館どころの比ではないだろう。
「もしかしたら、
おれは死んだのではないだろうか」
などと思い悩むかもしれない。

1,
たとえその日が何もやることのない、
暇な暇な一日だったとしても、
その一日はぼくにとって必要な一日なんだ。
たとえそこがつまらない場所で、
つまらない風景が展開していたとしても、
その風景はぼくにとって必要な風景なんだ。
たとえやっても無駄だということを、
しつこくさせられることがあったとしても、
その無駄はぼくにとって必要な無駄なんだ。
どんな時も、どんな所も、どんなことも、
すべては神様とか仏様とかが、
綿密に練って用意したものなんだから、
こちらで勝手な憶測をしたり、
その勝手な憶測に振り回されて、
心を悩ますことはない。
水や風のごとくサラサラと、
そこを流れていけばいいんだ。

2,
実は神様や仏様の存在もそこにあって、
我々をいかにサラサラと流れていかせるか、
宗教はそればかり教えている。
じゃあ、そんな暇とか無駄とかを
最初っから用意しなければいいじゃないか、
そうすれば神様も仏様もいらないし。
だけどそれは出来ないんですよ。
だって神様や仏様が存在しないと、
いろんな方面で困る人が出てくるでしょう。
‥‥などという憶測はやめて、
水や風のごとくただサラサラと、
そこを流れていけばいいんだ。

初めて自分の頭に
白髪を確認したのが
17歳の頃で

耳の上あたりに
白髪が目立ち始めたのが
27歳の頃で

頭の所々が白い塊になり
ブラックジャック的になったのが
32歳の頃で

しゃれっ気を出して
髪を染めてみたのが
38歳の頃で

染め粉が合わずに
白髪が頭全体に広がったのが
40歳の頃で

これじゃいかんと
白髪染めをやめたのが
41歳の頃で

白髪染めをせずに
黒髪に戻そうと努力したのが
42歳の頃で

白い頭を武器にしてやろうと
『しろげしんた』を名乗ったのが
43歳の頃で

白髪を完全に受け入れ
頭に手を加えなくなったのが
49歳の頃で

白髪がまったく
気にならなくなったのが
53歳の頃で

白髪を髪の毛の進化と
捉えるようになったのが
56歳の頃で

黒髪だった頃の自分が
イメージできなくなったのが
60歳の頃で

白髪遍歴を
書いているのが
間もなく65歳になる今だ

 ある人から恋愛詩を一つ頼まれまして、試行錯誤していたのでありますが、なかなかうまく言葉が出てこないのです。おかげで恋愛詩のみならず、もうすべてが行き詰まっている状態であります。

 だいたい現在恋愛もしてないこの身に、どうして恋愛詩が書けましょうか。もし書けたとしたら、それは恋愛詩ではなくて、恋愛した過去をたどる叙事詩になるではないですか。

 とにかく今、恋愛詩を書かせようとするのなら、もう一度ぼくの前に運命なる人を連れてきてほしいものであります。

 昨日、マイナンバーカードの申請書を見つけたあと、さっさと書き込んですぐに送ろうと思った。ところが、それには写真を貼る欄があり、6ヶ月以内に撮った写真を貼ってくれと書いてあった。
「そんなの有るわけないやん。撮りに行くの面倒やな。やっぱり申請やめようか」
 そう思いながら書類を見ていると、そこにネットで申し込んでもいいと書いてあった。しかも写真はスマホで撮ってもいいとある。
「これはラッキー」
 と、スマホを使って申請することにした。
 ネットが聞いてくるとおりに書き込んでいき、書き込みがほぼ完了した。最後は顔写真のアップロードだ。
 ところが、ここでつまずいた。写真は自撮りで撮ったのだが、運転免許証より酷い写りなのだ。しかも、自分の抱いているイメージよりも老けて見える。
「こんなの自分じゃない」
 と思ったぼくは、何度も何度も撮り直した。しかし結果はいっしょだった。しかたなく、いくつもの画の中から免許証と同等の写真を探しだし、それをマイナンバーカードの自分とした。運転免許証もそうだが、マイナンバーカードも見るのがつらくなりそうだ。

 昨日まで、ぼくはマイナンバーカードにまったく関心を持っていなかった。運転免許証を持っているので必要ないと思っていたのだ。 
 ところがこの間のニュースで、『運転免許証や健康保険証を一本化』『今作れば2万円分のポイントを貰える』ということを知り、悪くないなと思ったぼくは、申請はどうやってやるんだろうかと調べてみた。するとそこには、家に届いている申請書に記入して送れと書いてあった。

『申請書が家に届いているだと?そんなの見たことがないぞ』
 ということで嫁さんに聞いてみた。
「マイナンバーカードの申請書が届いてなかったか?」
「ああ、確か前にそれらしきものが届いてたよ」
「どこにあるんか?」
「さあ、どこやったかねえ?・・憶えてない」
 嫁さんもマイナンバーカードについては、全く関心を持ってない。そこで、昨日は一晩かけてマイナンバーカード申請書を捜し回ったのだった。

 見つかったのは今日の朝方。申請書はDMなどの、そのうち捨てる郵便物の中に混じっていた。我が家の場合、いくら重要なものといえども、関心がないものについては、いつもこういう扱いになるのだ。
 そういえば、この間の参議院選挙の投票所入場券は、新聞のチラシの中に紛れ込んでいたんだった。その前の選挙の時は、本の栞になっていたな。

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