吹く風

2022年09月

「そのうちやるから」などと言って
何ひとつやったためしがない。
仮にやったとしても長続きしない。
そのことをある日ある時に気づき
「そのうち」などと言わないで
さっさとやってみることにしたんだ。
そうすればいつが「そのうち」なのかを
自分に説明しなくてすむし、
出来ない言い訳もしなくてすむ。
とにかく余計なことを考えずにすむから
ずいぶん気が楽になる。
しかも結果がどうであれ、
やることはやるんだから
やったことに対しての満足感がある。
おかげで気分はスッキリだ。

そういう流れで始めたのが
パソコンだった。誰に習うこともなく、
二十数年続いている。
ぼくの人生の中では記録である。

いつだったかボクらは不器用そうな
風采の上がらないヤツらに花をあげた。
どうしていいかわからないのか
ヤツらはそれを口に入れた。そして
笑顔で「ともだち」と言って握手を求めた。
以来ボクらとヤツらとの歴史が始まった。

ボクらとヤツらとの「ともだち」は深まり
ボクらはヤツらに物資を送ったりもした。
すべては順調だと思っていた。
ところがある日ヤツらは突然
その物資をたたき壊したり燃やしたりした。
それがボクらとヤツらとの歴史になった。

きっと何かの間違いだろうと思い
ヤツらとの「ともだち」を信じたのだった。
ところがヤツらはこちらの気持ちを
無視してボクらを罵倒しはじめた。
時には凶暴な行為にも及んだ。
それがボクらとヤツらとの歴史だった。

いいかげんにボクらも頭にきた。
結局ヤツらは『ともだち』という
ボクらが大切にしている言葉を
悪用してボクらを縛りつけ
操ろうとするペテン師だった。
それがボクらとヤツらとの歴史なんだ。

時々スーパーなどの駐車場で
実に乱雑に止めてある車を見かける。
露骨に斜めに止めていたり
白線の外にかなりはみ出して
隣の空間を潰していたり
わざわざ通路に止めて
他の車の通行を妨げていたり。

高級車が目に付くのは
当てられたら嫌だからなんだろうか。
傷んだ車が目に付くのは
運転が下手くそだからなんだろうか。
それにしても酷い置き方だ。
こういうマナーの悪い車だったら
「当てても咎めません!」
くらいの法律が出来んもんかな。

数日前郊外に行った。
そこではもう稲刈りをやっていた。
「もう」とは言ったものの
実は稲刈りをいつやるのかを
農業になじみのないぼくは知らない。

稲刈りはコンバインに乗ったおやじさんが
たった一人でやっていたのだが、
その運転のうまいこと、うまいこと。
まるで狭い工場内を縦横無尽に走る
フォークリフトのプロのように見えた。

考えてみると
田んぼや畑というのは工場なんだな。
周りの風景や田畑の緑にごまかされ
これまで気づかなかったけど、
ここは米や野菜を作る工場なんだ。

大昔、初めて田畑を見た人は
きっとその規模や整然とした姿に
驚いたことだろうが
そこを自然豊富な場所だとは思わず
大きな工場と思ったに違いない。

それはおそらく現代の人が初めて
自動車や家電を作る大手企業の工場を見て
びっくりする感情に似ていると思う。
案外『田園萌え』などという言葉が
その当時流行ったかもしれない。

 ぼくが二十歳になる頃まで、我が家は風呂を石炭で沸かしていた。風呂を沸かすのはぼくの役目で、夕方になるといつもぼくは風呂の準備をしていた。

 あれは中学三年の秋だった。夕方、ぼくはいつものように風呂を沸かすために、外に置いてある石炭を取りに行った。
 その時、頭の上の方に気配を感じた。何だろうと見上げてみると、2〜3メートル上を、豆球程度の小さな光の群れが、ゆらゆらと飛んでいる。
 それは鳥の群れのように隊列を組み、その形は飛行機のようでもあり、魚のようでもある。全体の長さは2メートル程度、高さが50センチ程、奥行きは薄暗くてよくわからなかった。

 最初は骨組みが組んであって、そこに豆球を付け、誰かがそれをラジコンで飛ばしているのかと思った。しかし、目を凝らしてみると骨組みなど見えない。光の一つ一つが前になったり後になったりして、まるで意思を持って動いているように見える。

「これはラジコンなんかではなく、光の生物じゃないか。もしかしたらUFOかもしれん」
 そう思ったぼくは、手に持っていた石炭を放り出し、その光の群れを追いかけた。ぼくに気づいたのか、光の群れはスピードを上げた。そして、角を曲がった所で、忽然と消えてしまった。

 あれは何だったのだろう。時期的にホタルではない。ということは、やはりUFOだったのか。あれから50年、ずっと疑問に思っている。

 2020年9月25日に起きたことを書いた記事です。

「おかしいな」
 と思ったのは、25日の夜中だった。目が覚めてパソコンの前に座り、マウスを握ったのだか、何となくいつもと感覚が違う。カーソルの位置が定まらないのだ。
「寝ぼけているのかな」
 と思い、席を立ち顔を洗いに行った。洗面所の前に立つ。
「えっ?」
 うまく蛇口が回せない。いや、回せるのは回せるのだが、右手が痺れている。
 足は?何とか歩けるが、股関節のところにちょっと違和感がある。
「もしかしたら」
 と思い、再びパソコンのマウスを握る。そして、今までの症状を打ち込んで検索してみた。結果は、「脳梗塞」だった。
 ところが、結果を見ているうちに、だんだん痺れが取れてきた。
「考えすぎ?」
 それからまた床に入る。朝起きても痺れはなかった。

 さて、その日は休みだったが、当初何も予定はなかった。
「何をしようかな」
 とネットを見ていたら、食パンの専門店が近郊に出来たということが書いてあった。そこで「行ってみようか」ということになり、朝食後に嫁さんと買いに行くことにした。
 ところが、車に乗ろうとドアを開けた瞬間、また痺れがぶり返したのだ。とりあえず運転は出来たので、現地まで行き、嫁さんにパンを買いに行かせ、ぼくは休んでいることにしたのだか、駐車場が空いてない。散々探したあげく、ようやく空いている場所を見つけた。

 車を駐め、嫁さんを降ろした。痺れは相変わらず続いている。なんとなく気分もすぐれない。
「どうしよう?」
 と、何気なく車の後ろを見た。
「えっ!?」
 そこには脳神経外科の看板があった。
「もしかしたら呼ばれているのかも」
 嫁さんが帰ってくるのを待って、その病院の中に入った。

 いろいろ症状を聞かれ、MRIやCTスキャンで頭の検査をした。それからおよそ30分後、医者は言った。
「脳梗塞ですね。〇〇病院に紹介状を書きますので、今からすぐに行ってください」
「えっ、もしかして入院するんですか?」
「そうなりますね」
「何日くらいですか?」
「それはわかりません」
 おいおい、仕事もあるのに、どうしたらいいんだ。そもそも入院などしたことないので、何を用意していいのかわからない。
「心の準備ができてないんで、来週からとかダメですか?」
「後遺症で不自由な生活をしていいのなら、かまいませんよ。とにかく、この病気は早く治療した方がいいんです」
「・・・」
「では、入院ということでいいですね?」
「はい」
 と、嫁さんが返事した。(2020年9月27日の記事を再録しました。若干書き換えています)


 たまたま買いに行ったパン屋の一角(初めて行った場所だった)に、脳神経外科があったこと。   
 また、通常その脳神経外科でMRI検査をする場合、予約が必要になるということ。
 仮に飛び込みで行くと、7〜8時間は待たされるらしいが、ぼくの場合、病院に入ってから30分でやってくれたこと。
 おかげで大事に到らなかったこと。

 後日それらのことを知り合いに言うと、誰もが「それは奇蹟だ」と言った。もちろんぼくも、その日のことを奇蹟だと思っている。

 中学三年の時、昼寝中に泥棒に入られたことがある。
 その日は学期末テストで、早い時間に帰ってきていた。徹夜明けということで、昼食を摂ってからすぐに寝ることにした。
 寝たのは二階の自分の部屋、布団に籠もってからすぐに眠ってしまった。
 それからどのくらい時間が経ったのだろう、ちょっと目を覚ました時だった。一階の玄関の扉が開く音がした。
「えっ、鍵をかけ忘れたんかな?」と思っていると、足音は階段方向に向かってきた。そして足音は階段を上がる音に変わった。段数は十二段、木造だったので、一段上がるごとにギシギシ音がする。だんだん音が近づいてくる。だんたん気配が近づいてくる。
 最後の一段を上がった。そして音が止まった。

 ・・・その後の記憶がぼくにはない。おそらくそのまま眠ってしまったのだろう。

 目が覚めてみるともう人の気配はなかった。ようやく起きだし、何か盗られているものはないかと、まず二階を確認した。が、荒らされている形跡はない。恐る恐る一階に下りてみた。そこにも人の気配はなかった。
 まず玄関を確認した。やはり鍵をかけ忘れていた。が、一階のほうも荒らされている形跡はなかった。
「夢だったんかな?いや、きっと夢だったんだ」

 一応家周りも確認しておこうと外に出た。
「えっ?」
 玄関横に置いていたはずの自転車がないではないか。別の場所にもない。やはり泥棒は来ていたのだ。

 しかし、それがわかっても悔しくはなかった。それは乗るたびにパンクする自転車だったので、捨てようと思い、乗らずに放置していたものだった。つまり泥棒が大型ゴミを無料で回収してくれた格好になったわけで、今なら感謝すべきことだ。

天井のマア坊の存在を知ったのは
今から六十年以上前のことだった。
夜中何かの気配を感じ目が覚めた。
気配のする天井の方に目をやると
そこに見慣れない顔が映っていた。
母の話だと彼はマア坊という名の
ぼくの生涯の守り神なのだそうだ。

マア坊はなにを語るわけではなく
ただぼくを見下ろしているだけだ。
ぼくから話しかけても反応しない。
困った時にも助けてなどくれない。
励ましたり光を当てたりもしない。
だけどそこにいるから安心できる
そんなものをマア坊は持っていた。

小学校の高学年に上がった頃から
ぼくにはマア坊が見えなくなった。
いやそれ以前からマア坊のことを
気にかけなくなっていたんだった。
あれから何十年経ったんだろうか。
マア坊を忘れていたぼくの記憶が
甦ったのは昨年の12月のことだ。

夜中眠れなかった時に照明の紐が
微かに振れているのに気がついた。
そういえば幼い頃にマア坊という
守り神がいつもぼくを見ていたと
思い出した途端紐が大きく振れた。
「ああ今でもマア坊は天井にいて
ぼくを見守ってくれているんだ」

そう思うと気持が落ち着いてきて
そのうち眠りに就くことができた。
目覚めた時の気持の良かったこと。
今日もマア坊は天井に住んでいて
じっとぼくを見守ってくれている。

スーパーで売っているお惣菜が
すぐになくなってしまうのは
決してそれが「うまい!」
という理由ではなくて
値段がそこそこ安いからだ。

実はそこに並べてあるような
お手軽で脂っこい食べ物くらい
ちょっとばかり料理を
かじったことのある人なら
誰でも作ることは出来るのだ。

だってそうでしょう、
それらお惣菜を作っているのは
ガチガチのプロではなくて
時給何百円で雇われた近所の
おばちゃんたちなんだから。

それなら買う必要もないのだが
それを作るとなるとその手間暇が
わずらわしくてしかたない。
だからスーパーのお惣菜は
次から次に売れていくのです。

 三日前の台風で気温は一気に下がり、車内はエアコンをつけなくても、窓を開けるだけで暑さをしのげるようになった。
 しかし、ここでちょっとした問題が起きている。それが何かというと、歌だ。夏に入った頃から仕事で心悩まされることが多く、それを晴らすために車の中で歌うようになった。歌うといっても、アカペラではない。お気に入りの音楽をかけ、それに合わせて歌うのだ。

 これまでは窓を閉めていたので、別に何ともなかった。ところが窓を開けているせいで、思いっきり歌えないのだ。走っている時はいいにしろ、信号待ちの時はだめだ。周りの車に聞こえてしまう。それがイヤだ。
 気にしない人なら何ともないことだろう。だけど、普通の人なら気にするでしょう。ぼくは普通の人なので、これは気恥ずかしい。
 特に今は、キャンディーズを聴いているので、いや、歌っているので・・・・

1、
 今朝は晴れております。しかしマンションから聞く風の音は、昨日より強く感じます。
 今日のゴミ出しはプラスチック。昨日の一般ゴミ(生ゴミ)よりもはるかに軽い。何でプラスチックの日に台風が来てくれなかったのか、と恨んでおります。

 ちなみに昨日の一般ゴミは、自宅と実家で三袋だった。内訳は自宅が一袋、重量は軽めだった。一方の実家は二袋、二袋ともかなり重かった。しかも自宅よりも実家の方が、ゴミの収集場所は遠い。台風の目(無風状態)の時に出したのだが、かなりきつかった。母はいったい何を捨てているんだろう?

2、
 一昨日から昨日にかけて、ニュースで県内のセブンイレブンとファミリーマートは休みだと言っていた。うちの隣にあるセブンイレブンも一昨日夕方から休業していた。
 ところが、うちのはす向かいにあるファミリーマートは、休業しなかった。夜中も看板に照明がともっていたから、ずっと開けていたのだろう。
 スーパーやホームセンターは早々と店を閉めていたからこれは助かる。ということで、一昨日の夜、仕事から帰ってきた我々夫婦は、ファミマに食料を調達しに行ったのだった。

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