吹く風

2022年08月

 学生の頃、ぼくはいつも一人笑いしていた。たとえそれが授業中であったとしても、何かおかしいと感じることがあると、いつも笑っていた、そのため先生から、「何がおかしいんだ。集中力が足りん」と言われ、よく頭を叩かれていたものだ。
 いったい何がおかしかったのかというと、ちょっとした人のしぐさだったり、癖のあるしゃべり方だったりで、とにかく他人からすれば何でもないことが、ぼくにはおかしく感じてしまうのだ。
 逆に無理に笑わせようとする人には、反応しなかった。そんなものにはまったくおかしさを感じないのだ。いや、ひねくれていたわけではない。心の底からおかしくなかっただけだ。

 高校時代、授業中にみんなを笑わせようとして、つまらないギャグを連発する先生がいた。他の人は笑っていたが、ぼくにはそれがおかしいと感じられず、笑わなかった。するとその先生は「なぜ笑わんか」と、こちらに食ってかかってきた。
「せっかくこちらが、面白いことを言って授業の緊張を和らげてやろうとしているのに、何でおまえは反応せんのか」と言う。
『強要されて笑う笑いなんて、本当の笑いではないと思います。本当におかしいと思った時だけ笑います』と思わず言いそうになった。が、そんな馬鹿を相手をするのも面倒なので、ぼくは黙り込んでいたのだった。

 大したことのない事件だと思っていたが、いまだに記憶しているということは、無意識のうちにそのことを引きずってきたのかもしれない。考えてみれば、その教師の事件以来、素直に笑えなくなっているような気がする。

 先日、行く先々で、ビートルズのHELPが鳴っていた。学生の頃から何度も、何度も、何度も、何度も、何度も聴いた曲なので、行く先々で、何度も口ずさんでしまった。

 ところでビートルズの歌詞のことだが、ぼくは訳を読んだことはあるものの、学校英語が苦手だったせいもあって原文を読んだことがほとんどない。だから、ぼくが歌えるビートルズは、聞こえるままに覚えたと言っていい。つまりぼくのビートルズは、門前の小僧のお経と同じなのだ。

 それゆえに発音はかなり近いと思うが、しょせん聞きかじりに過ぎないから、細かい舌の動きはおそらく完全ではない。そのため英語圏の人が聞いたら、何と言っているのかわからないだろう。
 もし、ぼくが口ずさんでいるHELPを英語圏の人が聴いたら、「なるほど、HELPを日本語で歌うとこうなるのか」と、思うかもしれない。

 先月の中旬。
 ネットで、全三巻の本を全巻注文したのだが、ずっと品切れしているらしく、なかなか手元に届かない。ま、手に入りにくい本だと書いていたので、別に遅くなっても気にはならなかった。

 先週。
 スーパーの中にある小さな本屋に立ち寄った時、
「えっ!?」
 なんとその本が、そこにあるではないか。全館だ。それも一冊ずつではなく、三冊ずつ。

 その時。
「ここで買おうかな」と思い、ぼくは何度もその本を手に取った。しかし、ネット分は支払いを済ませているし、キャンセルするのも面倒だ。
「大丈夫、ここにあるくらいだからすぐに入ってくる」
 と自分を説得し、買わずに帰った。

 あれから一週間。
 大手のネットショップからは何も言ってこない。九州の小さな本屋には入るのに、どうして大手のネットショップに入らないのだろう。それだけ、そこに注文が殺到しているのかもしれないのだが・・。
 うーん、やっぱりあの時買うんだった。

 昨日運転中に、小学生がランドセルを背負って歩いているのを見た。横に乗っていた嫁さんに、
「今日は登校日か?」と聞くと、
「いや、もう二学期始まってるよ」と言う。
「えっ、夏休み終わったんか?」
「うん、最近の小学校や中学校は、夏休みが短いらしいよ」
 そうかそうか夏休みは終わったのか。それはいいことだ。

 毎日のように駐車場でサッカーしていたガキ!
 それが終わるのを待ってキャッチボールを始めたガキ!
 木にとまっているセミに石を投げていたガキ!
 団地の入口から突然自転車で飛び出してきたガキ!
 自転車二人乗りで道の真ん中を走っていたガキ!
 クラクションを鳴らすと睨みつけていたガキ!
 ガードレールに座ってゲームやっていたガキ!
 毎日のようにコンビニでたむろしていたガキ!
 スナック菓子を食べながら売物の本を読んでいたガキ!
 アイスクリームを汚い手で触っていたガキ!
 ジュースケースの扉を開けっ放しにしていたガキ!
 駐車場に座り込み車が来ても退かなかったガキ!
 スーパーのカートで遊んでいたガキ!
 狭い通路で大声あげて鬼ごっこをしていたガキ!
 何度もエスカレーターを逆走ダッシュしていたガキ!
 家電専門店でテレビのリモコンを独占していたガキ!
 集団でマッサージ機にかかっていたガキ!・・・・

 みんなまとめてザマーミロだ。冬まで学校と塾に縛られてろ。

犬は常に一人称で宣言する。
「我、主人の恩義に報わん」
彼らは滑舌が悪いので
人の耳には「ワン」と聞こえる。

猫は常に二人称で呼びかける。
「汝、何ゆえに我を構うや」
彼らはあまりに早口なので
人の耳には「ニャー」と聞こえる。

鴉は常に三人称で明け暮れる。
「彼、今まさに残飯を捨てん」
彼らは語尾が曖昧なので
人の耳には「カー」と聞こえる。

 以前猫の交尾を見たことがある。近くの本屋まで歩いている時のこと、ある民家の庭に何かを感じた。その感じのするほうに目をやると、そこで猫がやってやられてやっていた。
 最初猫は気づかなかったようだ。二匹で必死にやってやられてやっていたが、こちらの気配を感じたとたん、急にやってやられてをやめた。
 その時の猫の表情が忘れられない。いかにも悔しそうな、いかにも不愉快そうな顔をしていた。

 何においても人間というのは、気持ちのいい行為をする時は、人目をはばかるものだが、猫は違う。いつでもどこでも本能の命ずるままに、やってやられてやっている。
 とはいうものの、いっちょ前に迷惑だけは感じているようだ。
「見世物じゃないぞ、どっか行け!」
 あの時、猫は目でそう言っていた。

初恋
いつのまにかの静けさがぼくに
淡い恋心を落としていった
思いもかけないことにように
君を好きになっていた

こんな気持ちは初めてだった
不意に吹き狂う小嵐が
ぼくを包み込むように
日々を攻めつけた

 今想い起こしてみると
 それももう古い昔話
 今でも夢に出てくる、忘れたはずの
 君の笑顔少しぼやけて

ぼくの初恋はいたずら好きの風が
落としていったおかしな夢
思いもかけないことのように
君を忘れていた

      (1979年5月作)


 ぼくの初恋、それがいつだったのかよくわからないのです。小学1年の時に気に入っていた子は、好きなのかどうかわからないままに終わってしまった。小学2年の時に仲が良かった子は、どちらかというと友だちだった。小学3年の時に隣の席に座っていた子は、口では「好き」とは言ったけど、結局それだけだった。
『初恋』は、中学2年の時に好きになった人への想いを書いたものだ。まあ、こんな身を焦がすような想いは、その時が初めてだったし、「これが初恋でいいや」ということで、このタイトルを付けました。

 小学生の頃、この時期になると、花火大会、夏祭り、盆踊りといった地域のイベントはすべて終わっていた。個人的には夏の一大イベントだった海水浴も、お盆前後からクラゲが出るため、行かなくなった。

 ということで、お盆が過ぎるとほとんどのイベントが終わり、残っているイベントといえば、夏休みの宿題だけだった。
 机の上には、夏休みの最初の頃にちょっとだけやった夏休みの友、海水浴に行ったことだけしか書いてない絵日記、まったく手をつけてない自由研究、苦手な読書感想文など、膨大な量の宿題が積まれていた。

 しかしぼくは、「さあやろう」と思いながらも、夏休みに習慣となってしまったモーニングショーやお昼のメロドラマなどに目を奪われ、毎日「また明日。また明日」と、そのイベントを先延ばししていたのだった。

 温かい気持ちで下宿に帰ったぼくは、さっそくヤカンに水を入れて、すすけたガスコンロに火を付けた。そしてお湯が沸くまでの間、バイト先でもらったマイルドセブンを三本ほど吸った。
 しばらくしてお湯が沸き、カップに注いだ。三分間後ふたを開け、箸を手にとり、つまんだ麺と濃いめのスープを空っぽのお腹の中に流し込んだ。
 一気に食べ終えたぼくは、再びマイルドセブンに火をつけた。それを吸い終わると生水を飲み、またもやマイルドセブンをくわえたのだ。
 ところが、立て続けのタバコのせいなのか、数日間空だった腹に、脂っこい麺を一気に流し込んだせいなのか、賞味期限が微妙なせいなのか、すこし気分が悪くなった。
「起きているとさらに悪くなる」と思ったぼくは、とりあえず横になり、気分の回復を待つことにした。

 そのまま眠ってしまったようだ。その眠りの意識の中、腹の奥に種のようなものがあるような感じがした。「何だこれは!」と夢で叫んだ時に目が覚めた。
 それからしばらくして、それはやってきた。みぞおち近くを鋭利なもので内側からググッと突かれるような激しい痛みだ。
「何だこれは!?」、生まれてから一度も味わったことのない激痛だった。
 一度は治まった。しかしすぐに、その次が来た。
「何だこれは!?」「何だこれは!?」「何だこれは!?」
 何度も何度も激痛が襲ってきた。その周期は三十分おきが二十分おきに、二十分おきが十分おきにというふうに時間が経つごとに狭まっていった。酷い時には三分置きで、それが一週間続いた。
 その間、貧乏人のぼくは病院へも行けず、仲が悪かった下宿屋の大家には助けを求めることも出来ず、ダニのいなくなった下宿部屋で一人のたうち回っていたのだった。

 四十数年前に住んでいたのが高田馬場。建て付けの悪い下宿屋で、面白くない生活を送っていた。

 そこに住んで二年目のことだった。赤い発疹騒ぎから十日ほど経ったある日、ぼくは金銭的な理由から、その前日と前々日の食事を抜いていた。そのせいで腹が減って減ってたまらない。おそらくそのことが仕事に影響したのだろう、その日はえらくポカが多かった。

 それを見かねたのか、単にタイミングがよかったのか、そのへんは定かではないが、職場の人がアイスクリームを奢ってくれた。
「乳脂肪と糖分か。これはお腹が膨らむな。この際冷たくても何でもいいや」
 と、ぼくはそのアイスクリームを食べ、これまたもらったタバコを立て続けに吸った。

 さらに親切な職場の人は、帰り際に「これはもう売れないから」と、消費期限の微妙なカップラーメンをくれた。それを見てぼくは感激した。
「おお、今日は飯にありつける!」
 ぼくはそのカップラーメンを片手に、温かな気持ちで家路を急いだのだった。

 夜中、事件が起きた。

 四十数年前、ぼくが高田馬場で下宿生活をしていた時の話だ。
 そこは建て付けの悪い下宿屋で、人が歩くだけで揺れる揺れる。ちょっとした音を立てても響いてしまう。そういう環境の中で、ぼくはギターを弾いていた。そのため、大家からいつも苦情を受けていた。
 友だちを連れ込むと文句を言ってくるし、夜11時になると鍵をかけてしまうし、そのうちぼくと大家の中は険悪になった。
 いつも引っ越そうとは思っていたが、楽器などにお金を費やしていたため、その資金がない。それで我慢していたのだった。

 さて、そこに住んで二年目のことだった。バイト先で着替えをしていると友人が、
「背中どうしたんだい」と聞いてきた。
「どうかなってるんか」と聞くと
「赤い発疹がたくさん出来ているよ」と言う。
「そんなに酷いことになってるんか」
「かなり酷い。発疹の一つ一つが大きいし、皮膚病か何かじゃないか。早く病院に行ったほうがいいよ」
 その何日か前から背中が痒くて痒くてならなかった。しかし、まさか赤い発疹が出来ているなんて思いもしなかった。
 そこでさっそく病院に・・、とはいっても、こちとら病院嫌いの貧乏人ときている。病院なんか行きたくもないし、行けないし。しばらく痒さに耐えながら生きることとなった。

 赤い発疹の正体が何だったのかというと、杞憂した皮膚病ではなく、ダニ痕だった。埃でざらつく畳の上にゴロ寝したのが悪かったようだ。
 原因がわかるとすぐさまぼくは、畳の六畳間全体にマイペットの原液を染みこませ、何度も何度も、ゴシゴシゴシゴシと畳を磨き上げたのだった。

 もちろんその音に敏感に反応した大家は、早速文句を言ってきた。
「何やっているの?」
「何やっているのじゃないですよ。ここではダニを飼っているんですか?」
 いつも苦情を受けていたので、お返しとばかり、ぼくの方から苦情を入れてやった。
「ダニなんているわけないじゃない。他の部屋の人からも聞いたことないよ」
「じゃあ、何で噛まれてるんですか?」といってぼくは、背中を見せた。
「・・・」
 その後、大家からの苦情は、多少減った。

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