吹く風

2022年06月

「ぼくはウツなんですよ」と、自慢げに言う男がいる。病院からもらった薬を飲んで治療しているらしい。
 おそらく精神安定剤の類だろうが、かつて薬に頼りすぎて、精神が不安定になった女性をぼくは知っている。
 突然家の中で花火をしようとしたり、突然警察に電話をかけて「今から死ぬ」と自殺予告をしたり、とにかく薬を飲むとわけがわからなるのだ。
 生活の歪みが積もり積もってかかってしまった心の病だ。歪みを元に戻すことをせず、安易に薬なんかで治そうとするからそうなるのだ。

「わけのわからない薬なんか頼らずに、例えば般若心経や延命十句観音経といった短いお経を、ひたすら唱えたほうがはるかに効果がある」と、ぼくは彼に助言した。ぼく自身そうすることで、救われたことがあるからだ。
 それで集中力が養えたらしめたもので、心がウロウロしなくなる。心がウロウロしなくなれば、ふさぐこともなくなるはずだ。
 とにかく薬に頼るのだけは、やめたほうがいい。

 昼間、車を走らせている時だった。太陽をキラリと反射させた飛行物体が、こちらをめがけて飛んできた。ぼくは思わずブレーキを踏んだ。
 よく見ると、その飛行物体は、今年初めて見るトンボだった。シオカラなどの普通サイズのトンボではなくて、オニヤンマやギンヤンマといった、まさに飛行物体と呼べるような存在感のある大きなトンボだった。

 さて、ブレーキを踏んで減速したものの、元々車はスピードを出してなかったので、トンボは車に激突せずにうまく車をよけていったと思われる。いくら昆虫とはいえ、車に当たれば、「コツッ」程度の音はするだろう。だが、その音は聞こえなかった。

 ところでそのトンボ、えらくきつそうに飛んでいるように見えたけど、きっとこの暑さと湿気で、体の切れが悪かったのだろう。もしかしたら、汗が目に入ってしまい、車が見えなかったのかもしれないな。
「ご安全に」
 お互い安全には気をつけましょう。

この団地の先に海があります。
まあ海と言っても港湾ですし、
対岸は老舗の化学工場だから、
誰一人泳ぐ人などおりません。
昔より綺麗になっているので
泳げないことはないのですが、
泳ぎたいとは思わないのです。

勿論落ちたら泳ぐでしょうが
そこに落ちる馬鹿はいません。
ごく一握りの人を除いてはね。
どんな人が落ちるかというと、
俗にドジとか言われる人です。
そのごく一握りの人をぼくは
知っていますよ。はい私です。

 高校二年の頃、休み時間中に担任の先生から
「しんた、ちょっと来てくれ」と進路指導室に呼ばれたことがある。
 高校二年時の担任は、いろいろないきさつがあり、ぼくを嫌っていた。当然ぼくも彼を嫌っていたのだが、その絡みで何か文句を言われるのではないかと思い、憂鬱な気分で進路指導室に入った。

「何ですか?」とぼくが不愛想に言うと、彼は
「まあ、そこに座れ」と言う。そして彼は急に笑顔になり、
「お願いがあるんやけど」と言った。
「えっ?」
「今度、選挙があるやろ」
「ええ」
「親御さんに社会党に入れるように頼んでくれんかのう」

『何で生徒にそういうことを頼んでくるんだ。頼むのなら、直接本人に言えよ』と思いながら、ぼくは、「はあ」と生返事をしておいた。
 担任はその返事を聞いて、さらにぼくを嫌ったようだった。もちろん、ぼくは『親御さん』には何も言わなかった。

 その1年ほど前、『夜のヒットスタジオ』の中継中に、司会の前田武彦が支持政党立候補者の当選を知り、「バンザイ」をしたことがある。ことを重く見たテレビ局は彼を番組から降板させた。そしてそれ以降、テレビで彼の姿を見ることはなくなった。
 芸能人でさえ選挙に関わるとそうなるのだ。県立高校の教師(つまり公務員)が、選挙に関わっちゃいかんだろう。当時は知らないが、今なら公になった途端に即刻懲戒免職になるはずだ。まあ、言いはしませんでしたけどね。

 後日談だが、それから十数年後、その担任が別件で懲戒免職になったという噂を聞いた。やはり、そういう人はそういう運命をたどるのだ。

 先日、期日前投票に行ってきたのだが、そこに行くと、毎回毎回同じ質問をされて、うんざりしてしまう。

「投票日には行けないのですか?」
「はい」(何でいちいちそんなことを聞くかなあ。その日は都合が悪いから、今日来ているんでしょうが)

「その日は仕事なんですか?」
「そうです」(私はね、仕事柄日曜日が休めない人間でしてね。でもそんなことはどうでもいいことでしょう、現に投票に来ているんだからね)

 50歳を過ぎてから、選挙には毎回参加している。それは少しでもいい世の中、例えば期日前に投票しにきても、毎回毎回その理由を聞かれるようなことのない、そんな世の中になってもらいたいからだ。

 しかし、期日前に投票しに来た人を捕まえて、選挙の日に投票に行けない理由を聞く暇があったら、選挙後に投票しなかった人の所に行って、投票しなかった理由を聞くべきではないか。投票に行かなかった人ぐらい、調べればすぐにわかるでしょうが。

 かつて日教組出身のおっさんと組んで、派遣の仕事をしたことがある。何の教科の先生だったかは知らないが、そのおっさんの言うことはいちいち理が通って立派だった。

 ところが一緒に仕事をしていくうちに、おっさんが立派なのは口だけで、仕事をしない人間だということがわかった。やたら休憩を取るし、定時より早く帰るし、しょっちゅうズル休みするし、あげくに職場の女の子に手を出す始末だ。
 見かねた上司が注意をしたが、
「はいはい」と言いながらも、まったく聞く耳を持たなかった。

 結局おっさんは、契約が切れるまでその会社に居座っていた。
 約切れの何日か前、
「あ、まだ有給休暇が残っていた。じゃ明日から来なくていいな。あんたもちゃんと有給休暇を取りなさいよ」と言って、それ以来姿を見せなくなった。

 さて、おっさん。その仕事の絡みで、ちゃっかりとコネを見つけ、ある会社で働こうとしていた。しかし、先方にその仕事態度が知れ渡ってしまい、結局仕事を断られたのだった。
 本人は、
「何で落とされたんかなあ?」と首をかしげていたという。

 ぼくが鬼太郎を知ったのは小学4年生の頃、そうテレビマンガ『ゲゲゲの鬼太郎』が始まった時だ。
 当時のぼくは少年サンデーばかり読んでいて、少年マガジンにどんなマンガが載っているのかをまったく知らなかった。それゆえに鬼太郎は、テレビで見たのが初めてということになる。
 ぼくの周りも圧倒的にサンデーファンが多かったので、鬼太郎に関しては、巨人の星などと同じくテレビから入っていった人間がほとんどだった。

 とはいえ、ぼくは鬼太郎のことを、まったく知らないわけではなかった。大正生まれの伯父が、「戦前、紙芝居で『ハカバキタロー』というのがあったけど、あれは面白かったぞ」と言っているのを聞き、キタローなるものに興味をそそられ、それが潜在意識にインプットされていたのだ。
 そのせいか、テレビで『ゲゲゲの鬼太郎』が始まった時は敏感に反応し、「戦前から現在(昭和43年)までキタローを描き続けている作者は、いったい何歳なんだろう?」などという疑問を抱きながら、初回を見たのだった。
(※戦前のキタローと戦後の鬼太郎が別物であるのを知ったのはそれからずっと後で、水木先生のエッセイにその旨のことが書いてあった。)

 さて、その後コミックで鬼太郎を見ることになるのだが、その時読んだ鬼太郎はテレビで見るのと違って大人のマンガだった。少年マガジン連載分のでさえそう思ったのだから、中学生の頃に読んだ『鬼太郎のベトナム戦記』はなおさらだった。政治や戦争や思想、さらには娘の初潮シーンまで描かれていて、えらく刺激が強かったのを憶えている。

 現在、鬼太郎もののコミックはけっこう持っているし、母が捨ててさえいなければ、実家に少年マガジン版もあるだろうし、例の『鬼太郎のベトナム戦記』もあるはずだ。現在持ってないものもあるが、いちおうはすべて読んでいる。読んでないのは、子供向けに描かれた『ゲゲゲの鬼太郎』くらいか。
 しかし、70年代以降のアニメ『鬼太郎』に関しては、ほとんど見てない。すでに大人になっていたわけだ。

猫は本能で生きている動物だから
自分の行動に理屈をつけることをしない。
行動に理屈をつけることをしないから
のんびりと人生を考えることもない。
人生を考えることがないということは
裏返せばそんな暇はないということになる。

つまり猫はその時その時の行動に
人生のすべてを賭けているわけで
だから今日はこのくらいにしておこう
などと言って手抜きをすることもなければ
やろうかな、どうしようかな
などという優柔不断な行動をとることもない。

猫はすべてに真剣勝負なわけだから
「猫は本能で生きている動物だから
自分の行動に理屈をつけることをしない…」
などと勝手に猫の人生を考えているような
暇な人間を相手にする暇を
持ち合わせてはいない。

 小学生の頃、ぼくの周りでは、サイダーといえば三ツ矢サイダーという認識だった。近くにスーパーマーケットなどなく、駄菓子屋がすべてだった時代、その他のサイダーなんて見たこともなかったし、その存在すら知らなかった。
 後年、サイダー分類されていると知ったキリンレモンは、レモンが入っているからという理由で、ぼくたちの間ではサイダー認定をしていなかった。だから今でも、ぼくの中ではキリンレモンはサイダーではないのだ。

 小学四年のある日、ある番組が始まってから、レモンの入ってない、サイダーらしきものがこの世にあるのを知ることになった。もちろん古くからある飲み物なので、他の地方や地区には流通していたかもしれない。だが、ぼくたちの住む世界には、その飲み物は存在しなかった。

 その番組とは、アニメ(当時はまだアニメとは言わずテレビ漫画と言っていた)『ゲゲゲの鬼太郎』である。その不気味な主題歌と前後して流れてきたのが、
「リボンちゃん、リボンシトロンよ・・」という初めて見聞きするコマーシャルだった。
 ぼくたちの間で、宇宙ものでも怪獣ものでもなかった鬼太郎は、当然のように話題になったが、それと同時に初めて見るリボンシトロンも話題になった。
「リボンシトロンとは何?」ぼくの周りにはその存在を知る者がいなかったので、最初はどんな飲み物かもわからなかった。
 そんなある日、クラスの一人が、
「リボンシトロンというのはサイダーみたいな飲み物らしい」という情報を仕入れてきた。それでようやく、世の中にはもう一つサイダーがあるのを知ることになったわけだ。

 さて、ぼくが実際にリボンシトロンを見たのは、いや飲んだのは、それからどのくらい経ってからだろうか。確かに飲んだ覚えはある。しかしそれがいつだったのか、どんな味だったのか、一向に思い出せないでいる。

 ぼくの中でリボンシトロンは、それほど存在感のない飲み物となっている。今でもあまりお目にかからないし、飲みもしない。ただ、鬼太郎のまんがを見た時とか、鬼太郎という文字を見た時とかに、その存在を思い出す程度だ。ゲゲゲゲゲ、ゲゲゲゲゲ・・。

五十歳になって変ったことは
トイレで手を洗わないという
地球の環境に優しい生活から、
トイレの後に手を洗うという
環境破壊の生活になったこと。
ぼくの中で大きな変化だった。
環境破壊は今なお続いていて
後ろめたい気持ちで一杯です。

六十歳になって変ったことは
ハンカチを持込まないという
ばい菌のない清潔な生活から、
ハンカチを持込んでばい菌が
繁殖し汚染生活になったこと。
ズボンの中は濡れハンカチで
繁殖したばい菌がいっぱいだ。
ポケットに手を突っ込めない。

 チャンポン好きのぼくは、いつもおいしいチャンポンを探している。グルメな知人から「どこどこがおいしいかったぞ」と聞けば、必ずそこに行ってみる。その知人の情報は確かで、ほとんどハズレたことがない。
 しかし、ぼくが情報を仕入れるのは、何もそのグルメな知人からだけではない。とにかくぼくはチャンポンに関しては貪欲だから、食に関してのセンスを持ち合わせていない嫁さんが、仕入れてくるようなテキトーな情報でも、とりあえずは調べてみる。そして、まあまあ以上の評判ならば足を運んでいる。

 ということで昨日、食に関してのセンスを持ち合わせていない嫁さんの、情報を元にチャンポンを食べに行った。もちろんテキトーな情報だから、下調べをちゃんとやった。ところが、嫁さんの持ってくる情報はやはりテキトーで、その店の名前が見当たらないのだ。
 しかし嫁さんが、
「もしかしたら、名前が変わったのかも知れない」
 などと言うので、とりあえず嫁さんの言うテキトーな場所に行ってみた。そこに似たような名前の店はないかと探してみると、なるほどそこにチャンポンのお店がありました。ただ、店の名前は違っていましたけどね。

 さて、味のほうだが、これが実にうまかった。ぼくの記憶の中の嫁さん情報では最大のヒットである。いつぞや
「この店の肉飯は最高!」
 と聞かされて肉飯を食べさせられた時には、
『こいつ味覚はあるんかいな』
 と思ったほどだったが、今回のチャンポンの味で、それが帳消しになった。

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