吹く風

2022年02月

もしかしたらぼくたち人間は
この一生を知りつくした上で
生れてきたのかもしれないね。
たまに先のことがわかったり
見えたりするのはそのせいで
たまにそれを思い出すからだ。

未来全てを思い出せないのは
先のことはわからないという
先入観からくるものだろうね。
もし未来を知ってしまったら
人生が楽しめなくなるからと
神が隠したのかもしれないね。

昔からあまり良くなかった歯を
一気に治療したのが十数年前で
ほぼすべての歯に手が加えられ
一部は人工の歯に取替えられた。
つまりサイボーグになったのだ。

以来、その歯を点検するために
年一、二回歯医者に通っている。
歯科医はギルモア博士よろしく
設計図とぼくのパーツを見比べ
点検しながら修理していくのだ。

最近サイボーグ化された奥歯を
噛みしめるとカチッと音がする。
もしや009の加速スイッチ?
と期待したが全く速く動けない。
ぼくは戦士ではなかったようだ。

夜の港は心落ち着く場所だ。
お年寄りの間ではそうなっている。

夜の港は金のかからない場所だ。
恋人たちの中ではそうなっている。

夜の港は涙を捨てる場所だ。
傷心中の人はそうなっている。

夜の港は人が殺される場所だ。
ドラマの中ではそうなっている。

夜の港は闇取引する場所だ。
Vシネマの中ではそうなっている。

夜の港はヤクザが抗争する場所だ。
映画の中ではそうなっている。

夜の港は空恐ろしい場所だ。
心霊家の中ではそうなっている。

夜の港は稼げる場所だ。
政治家の中ではそうなっている。

夜の港はオレたちの居場所だ。
猫たちはそう思っている。

一々赤に引っかかる日は
きっといい日に違いない
黄色に焦ることもないし
少しは憩う時間もあるし

激しい雨が窓を打つ日は
きっといい日に違いない
窓の汚れを拭うだろうし
街の穢れを洗うだろうし

気温より寒く感じる日は
きっといい日に違いない
風邪の予防するだろうし
不要外出避けるだろうし

嫌いなあいつを見た朝は
きっといい日に違いない
その日はもうそれ以上に
悪いことはないだろうし

中学二年の三学期に、ぼくは一度だけ
坊主頭にしたことがある。その中学は、
条件はあったものの長髪自由だったし、
丸刈りが原則の野球部でもなかったし、
悪いことをしたわけでもなかったから、
別に坊主にすることはなかったのだが、
なぜか坊主にしたくなって頭を丸めた。

まわりの評判はいいものではなかった。
知合いに会うたび笑われたものだった。
額が狭くて、そのすぐ上に旋毛のある
ぼくの頭は元々坊主が似合わないのだ。
さらに初めての坊主なので寒かったし。
坊主頭は一度限りで終わってしまった。
笑われると嫌なので写真も撮ってない。

夕方になると、ぼくは無意識に
石炭の煙のにおいを探している。
昔はどの家も風呂を沸かすのに
石炭を用いていたので、辺りは
石炭の煙のにおいで溢れていた。
おかげでぼくの夕方のにおいが
石炭の煙になってしまったのだ。

風呂が電気やガスになった現在
家のまわりは毎日夕方になると
いつも焼肉屋の煙が漂っている。
ということは周辺の子供たちの
夕方のにおいは焼肉になるのか。
そして将来、夕方には無意識に
焼肉のにおいを探すのだろうか。

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことを気づかせてやるのが友人で
そのことで一生感謝される

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことをひけらかすのがエリートで
そのことで陰口をたたかれる

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことを生半可に教えるのが教育で
そのことで信用を失っていく

人より早くそのことを気づいた人が
いまだそのことを気づいてない人に
そのことを売って儲けるのが宗教で
そのことで警察に検挙される

人より早くそのことを気づいていても
いまだそのことを気づいてなくても
そのことを気にしないのが今風な人で
そのために何の進歩もない

1,
過去の自分にそこはこうしろ
という念を集中して送ったら
もしかしたら現状が変るかも、
という実験をしているのだが
さて少しは変ったのだろうか
やたら我が強くなった自分が
ここに出来上っているのだが

2,
過去のあの人に自分の存在を
植付ける念を必死に送ったら
ある日ある朝目が覚めた時に
彼女が隣りに眠っているかも、
という実験をしているのだが
いまのところ何の変化もない

ぼくの心の奥底には
鉄腕アトムの正義観があり
おそ松くんの悪ガキ観があり
トムとジェリーの友情観があり
スーパージェッターの未来観があり
ゲゲゲの鬼太郎の奇妙観があり
あしたのジョーの一匹狼観があり
ねじ式の世界観があり
おれは男だ!の青春観があり
雑居時代の恋愛観があり
寺内貫太郎の家庭観があり
傷だらけの天使の社会観があり
キャンディーズのアイドル観があり
クレージーキャッツの無責任観があり
ドリフターズのドタバタ観があり
ひょうきん族のテキトー観があり・・
だから今が物足りない。
だから今が馴染めない。

色々な競技を見ていると、つい
思い入れが強くなってしまって
失敗しないか、こけやしないか
余計な心配で心が疲れてしまう。

だからぼくは少し距離を置いて、
あの競技やこの競技の経過だけ
結果だけを見ることにしている。
そうすれば勝てば喜べばいいし、
負けても悔しさはその時だけだ。
そうやって四年に一度の、いや
二年に一度の競技を見ています。

だけどそれも最初のうちだけで
日を追っていくうちにだんだん
あのハラハラ感に参加しないと
気持ちが落着かなくなってきて
気がついてみればいつのまにか
いっぱしの解説者になっている。

何気なく指の爪を見ていたら
何と右左の両方の手の薬指に
白い星が出ているではないか。
幼い頃これを星ヅメと呼んで
幸運が訪れると喜んだものだ。

そこで、どんな幸運がぼくに
訪れるというのだろうか、と
調べてみたら何と「恋愛運が
上昇しますよ」と書いてある。
恋愛、一体誰とするのだろう。

もし恋愛運がよくなるのなら
既婚者のぼくにとってそれは
幸運などではない。もちろん
気持ちは幸せになるだろうが
現実は地獄になるではないか。

ちなみにこれが小指に出ると
金銭運がよくなるのだそうだ。
今のぼくにとっては恋愛より
そちらのほうが幸運なんだが。
薬指と入れ替えてくれんかな。

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