吹く風

2012年07月

キューン、ババーン
ダダーン、ドドーン
夏の花火は平面だ
実は立体であるのだが
背景のほの暗さと
下界のほの明るさが
そうさせてしまう。

キューン、ババーン
ダダーン、ドドーン
いくつもの平面が
夏の夜空に舞い上がる。
色を変え、大きさを変え
さらには形を変えながら
夏の夜空に舞い上がる。

キューン、ババーン
ダダーン、ドドーン
ああ、この夏の平面に
一夜限りのロードショーに
3Dメガネが使えたとしたら
この映像はぼくたちの目に
どんなふうに映るのだろう。

この扉を使うとすごく近道になるのだけど
この扉を使わせてはもらえない。
この扉は限られた人たちのためにある扉なので
この扉を使うことができないのだ。
ただ限られた扉とはいえども例外はあるもので
犬はいい、猫はいい、狸はいい、虫もいい。
つまり限られてない一般の人の他は誰でも
この扉を使うことが許されている。

一般の人はこの扉を使うことができないけれど
そのために劣等感を抱くことはない。
ほとんどの人はこの扉にこだわってないし
あんな獣道なんか通りたくないとさえ思っている。
犬に噛まれたり、猫パンチを喰らったり
狸に化かされたり、臭い虫に触ったりしてまで
近道をする必要はないということだ。だから
この扉を使わない人たちは笑顔で歩いていけるのだ。

何のリズムに合わせているのか
ふわふわと歩くネコがいます
時折そこに立ち止まっては
ふわふわと浮かぶトンボを
じいっとじっと見ています
白い雲が流れています
心地よい風が吹いています
きっときっとこのネコの
汗もしっかりぬぐっています

それにしてもすごい音だ
その音に気づかないくらい
すごくすごく大きな音だ。
ゴミ出し日のカラスの声より
航空自衛隊の練習機の音より
真夜中に走る暴走車の音より
すごくすごく大きな音だ。
この音が暑さのBGMとなり
夏の無意識となっている。
このBGMに乗れる人が
きっと夏が好きな人であって
この無意識に馴染めない人が
きっと夏が嫌いな人なんだろう。
それにしてもすごい音だ
その音に気づかないくらい
すごくすごく大きな音だ。

昔録りだめておいたビデオに
たまに当時のニュースが
入っていることがある。
そういう時はつい見入ってしまい
ああ、この当時こういうことも
あったなあ、なんて思っている。

ところがこの当時とはいうものの
この当時がどの時代だったのか。
それがいつもわからないでいる。
この年でも、あの年でもない。
さていったいどの年だったのか。
なかなか答が出てこない。
考え出すときりがないので
記憶が曖昧な年齢になったのだ
ということで締めくくっている。

だけど考えてみると我が老化だけが
その原因ではないような気もする。
つまりそれがどの当時、どの時代の
ニュースかがわからなくなるほど
似たような事件が多いことにも
原因があるのではないだろうか。
例えば傷害だとか。殺人だとか。
例えば虐めだとか。自殺だとか。
例えば天災だとか。人災だとか。
つまり人間というのは
どの当時も同じことをしでかして
どの時代も同じことに苦しめられる
因果な生き物だということだ。

ぼくは今この空港に住んでいる。
家賃は破格値で、ほとんどタダである。
とはいうものの、この家に住む条件がある。
一つは飛行機のうるささに耐えることだ。
空港なので仕方のないことだが
これにはすぐに慣れた。
もう一つはある週刊誌を販売することだ。
無理矢理売り込むのではない。
所定の場所にそれを並べるだけでいい。
そう言うと誰もが楽そうだなと言うが
この週刊誌はかなりの売れ行きで
その棚はすぐに空になってしまう。
そのため一日に何度も何度も何度も
補充をしなければならない。
紙で手を切ったり、腰を痛めたりと
これがけっこうな重労働なのだ。
えっ、何の週刊誌かって?
それはこの空港に来ればわかることだ。

とにかくぼくは今この空港に住んでいて
この空港の主になっている。

たしか昨日まで北部九州は
梅雨明けを発表してなかったな。
アジサイはすでに枯れているし。
ワシワシはすでに鳴いているし。
基本的に青空が広がっているし。
時々雨が降るといっても
梅雨明け宣言した地域だって
雨が降ってないわけではないんだし。
もう梅雨明けでいいじゃないか。

嘘でも梅雨明けしたと言えば
ジメジメイライラは吹っ飛ぶし
弾けた気分にもなるというもんだ。
もし雨が降ったとしても
梅雨の雨にしなければいいし
そこまで細かな雨はいらない。
だから早く梅雨明けしたと
言って下さいよ。

神様はちょい面白く
回り道させるのが
実に好きなんだね。
でも本当はそれが
近道だったりするから
神様は侮れない。その
侮れないという思いが
次第に感謝に変わり
生きる糧へと進んで行く。
そのあたりから徐々に
奇跡という言葉を
信じられるようになる。
奇跡の体験をするのも
ちょうどその頃からだ。
今ぼくたちはここにいる。

この夢は、その夢は、あの夢は
全然、まったく、まるっきり
高い壁でも何でもなくて
旅の途中の通過点。
『一生の夢』という儚い言葉に
振り回されて、騙されて
あげくに特別なものと勘違い
それが壁を作ってる。

この夢も、その夢も、あの夢も
全然、まったく、まるっきり
特別なものでも何でもなくて
旅の途中の通過点。
今日でなければ明日には
明日でなければ明後日には
歩いていれば歩いて行けば
必ず行き着く通過点。

人生ちょうどこの年から
楽しいと思えるようになり
素直に素直に楽しいと
口に出して言えるようになった

人生ちょうどこの頃から
世間が輝くように見え始め
さらにさらに楽しいと
多くの人に語れるようになった

人生そして今この時から
好転しているように思え
熱く熱く楽しいと
腹の底から叫べるようになった

人生万事カラスの声だ
寝起きの耳から離れない
カアカアカアが離れない
カアカアカアが離れない

人生万事カラスの声だ
気にしなければ過ぎて行く
カアカアカアと過ぎて行く
カアカアカアと過ぎて行く

人生万事カラスの声だ
時に女房の声に聞こえる
カアカアカアとやかましく
カアカアカアとやかましく

人生万事カラスの声だ
一から十までカラスの声だ
カアカアカアと泣きやがる
カアカアカアと泣きやがれ

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