吹く風

2010年09月

1,
朝外に出てみると、11月のちょうど
紅葉の盛りの頃のようなにおいがしていたな。
それに銀杏のにおいなんかが加わると
完璧な11月になってしまう。
これから寒くなっていくにつれて
このにおいを嗅ぐことが多くなるだろう。
そしてその時にまた、ぼくの右脳は
銀杏のにおいをイメージすることだろう。

2,
それはそうと、今日は休みだった。
休みだったが、いつものように嫁さんを
会社まで送って行った。
嫁さんが降りたあとのこと
助手席に目をやると、「えっ!?」
何とそこに乗車しているヤツがいるではないか。
いや、助手席に座っているのではない。
助手席の窓の外側にへばりついているのだ。
嫁さんの会社まではずっと幹線なので
途中、ヤツが乗車出来る場所はなかった。
ということは、ヤツは家から乗ってきたのだろう。
しかし、よく60キロくらい出ている車から
振り落とされなかったものだ。先っぽが
ぷくっと膨れたあのユーモラスな足の指には
相当な吸引力があるものと思われる。
「よく頑張った」だ。とはいうものの
今日の風は身に応えただろうな。
カベチョロくん。

寒い、寒い、寒い。いかん
鼻水まで出てきやがった。
昨日一日降り続いた雨が
季節を完全に秋にしてしまった。
深夜のコンビニ行きは鳥肌状態で
早朝のブログ更新は鼻水混じりだ。
考えたら九月も末なので、例年だと
甚平姿では寒いのが当たり前だ。
しかし、今年の夏のあの暑さからして
まさかこの時期に、ここまで気温が
下がるとは思わなかった。テレビでも
「九月は猛暑、十月は真夏日」と
まことしやかに言っていたわけだし
そういうことを聞いてしまうと
元来怠け者であるぼくたち夫婦は
都合よくそれを信じてしまう。
というわけで、この時期にあるべき
普通の衣服をまったく用意しなかった。
だから、完全に秋化した今朝も
ぼくは甚平姿なのだ。
寒い、寒い、寒い。いかん
鼻水まで出てきやがった。

ホークスが弱い頃は思い入れが強すぎて
あまり負けが続くとやけ酒を飲む。
そのために体調を壊すことも
しばしばだった。とにかく
ドームに行っては酒を飲み
プロ野球Nを見ては酒を飲み
スポーツ紙を買っては酒を飲み
グッズを買っては酒を飲み
万年Bクラスを卒業するまでの
長い長い年月、とにかくとにかく
ホークスを肴に酒を飲んでいた。
そんなホークスを肴に飲んだ日々も
7年前の優勝を最後に終わってしまう。
別に嫌いになったわけではない。
酒を飲む時間が取れなくなったのだ。
その原因がブログの更新なのだから
シャレにならない。

しかし、昨日は飲みましたよ。
7年ぶりのホークス優勝を肴に
7年ぶりのうまい酒をね。

駐車場の白い線の上に
コーヒーの缶が置いてある。
誰が置いたのかは知らないが
ご丁寧に真っ直ぐに立てている。
思うに、缶を投げ捨てないあなたは
缶を投げ捨てない程のいい人なんだ。
そんなにいい人なんだから
そこを歩く猫がつまずかないためにも
もう一歩だけいい人になって
ゴミ捨てに捨ててきて下さいな。

『自分をちょこっと変えてみる』という
この人生初となる人生計画を掲げ
ま、のんびりとそれに取り組んでいる。
いくつかの項目に分けて実行しているわけだが
その一つに『1,生活パターンを変える』という
これまた人生初の取り組み項目がある。
仕事もあり、家庭もあることだし
一挙に変えるわけにはいかない。だが
「出来るところから変えていこう!」
というのがこの計画の趣旨だから
出来るところから変えていっている。
とりあえず『a,早く寝る』ことを実行している。
ブログの更新時間が変わったのもそのせいだ。
もう一つに『e,尿酸値の改善』というのもある。
「放っておくと痛風になるぞ」
と、かつて痛風にかかったことのある知人が
痛々しく、痛々しく語っていたので
実行に踏み切ったわけである。
どう実行するのかというと
毎晩飲んでいたビールをやめて
酎ハイを飲むことにするのだ。
この変化は大きい。

ぼくがのんきに秋の花火を見ていた頃
ぼくの知らない所で、ぼくの人生の一部に
ぼくの知らない変化が起きていた。
二十年来の友人が命を落としたのだ。
かつて彼は名の知れたミュージシャンで
ぼくの憧れの存在であった。
二年近く顔を見てなかったのだが
その間、病気療養をしていたらしい。
悪い病気ではあったものの、すぐに死に到る
というようなものではなかったという。
それゆえに家族には突然の出来事だったようだ。
思うに、病気をしていたから病死
というような簡単なものではなく
実は闘病生活の中で起きた
過労死だったのではなかろうか。

そんなわけで、通夜に行ってきたのだが
さすがにミュージシャンの死だ。
そこには一見してそれとわかる人たちが
所狭しと座り、故人を偲んでいた。
年齢とは確実に不釣り合いな長髪
無意味な香水、どこか人と違う服装
そんな浮世離れした世界がそこにあった。
かつてぼくは、そういう世界に憧れ
そういう世界に出入りし
そういう世界で彼と出会ったのだった。
61歳だったという。
まだまだ早いぜ・・・

一昨日の夜、花火が上がっていた。
空に満開の夏の花火のような派手さはなく
テニスボール大の色のついた火の塊が
次々と垂直に上がっていくだけという
小規模で地味な花火だったが
色とりどりの塊が天に登って行く姿は
充分に目を楽しませてくれたのだった。
最初はどこかの祭りかと思った。しかし
この時期祭りなどやっている所はない。
その場所が競艇場方面だったので
ネットて確認してみると、案の定そうだ。
競艇場でナイターレースをやっている。
おそらくその花火はレースの合間の
ちょっとした余興のだったのだろう。
だけど、こういった花火もけっこういい。
何か得した気分に浸ることが出来るし
いいことがありそうな気さえしてくる。
何よりも、その一瞬だけでも心が
この浮き世から離れられるのがいい。

九月に入ってから初めて
足の爪を切った。
仕事以外の日はほとんど
サンダル履きだったため
異常な猛暑をばらまいたこの夏の
日差しを直接浴びてしまい、少し
型崩れしているようにも見える。
おそらくは爪も疲れ果てたのだろう。
その疲れ果てた一つ一つの爪を見て
「歴史的な暑さだった今年の夏を
よくぞ耐えてくれた」と、珍しく
爪に感謝しながら切ったのでした。

菅舫の交わりとは
周囲から顰蹙を買いながらも
必死に一位であろうとする人と、
他人には二位を強要するくせに
自分はちゃっかり一位の側につく人とが
作り笑顔で手を結ぶことをいう。
まるで高校の生徒会のような
青臭さにその特徴があり、そのうち
「前髪は眉まで、後ろは刈り上げ
パーマは禁止。飲酒喫煙は退学」
なんて言いだしかねない。
今は勝利したばかりの官軍ゆえに
周りは調子を合わせているが
早くボロを出さないかと、実は
冷ややかな期待もしている。
おそらくあるだろう仲違いも
楽しみのひとつになっている。
そう。すべてはショーなのだから。

ここ十数年、若い頃のように
午前様になるまで飲むようなことはなかった。
酒に弱くなっているせいなのか
家に愛着を感じているせいなのか
そのへんははっきりしない。
が、いちおう口実としては
「嫁さんが寝ないで待っている」
というのを使っている。
これがかなり有効なのだ。実際嫁さんは
その時間イビキをかいて寝ているのだが、
そう言っておけば飲み仲間から
無理に引き止められることもない。

ところが昨日、久しぶりに
そういうものから解放された。
家に帰ったのは、実に午前四時だ。
酒の弱さ以上に、家への愛着以上に
興味があるものが目の前にあったからだ。
生バンド。それもジャズのそれだ。
ウッドベースなんかを見せられた日には
酒の弱さ、家への愛着だけでなく
嫁さんを出汁にした口実も、いや
いっしょに飲んでいる人たちの存在さえも
どこかへ吹っ飛んでしまいますな。
とにかく昨日はいい具合に酔えました。

三十年前のある時期、ぼくは
出版会社に籍を置いていた。
そこに入ったばかりの頃に
―『喫茶店』という題の文章を書いてこい
という宿題が出たことがある。
何を書こうかとぼくは考えた。
ありきたりのことを書いたりすると
ただの作文になってしまう。
それがぼくには面白くない。そこで
よく通っていた喫茶店での
マスターたちとぼくとのやりとりを
ト書きや説明をつけずに書いたのだった。
つまり会話だけの文章を書いたわけだ。

翌日「おい、しんた。何だ、これは!?」
と上司が烈火のごとく怒りだした。
「喫茶店でのやりとりですけど」
「何がやりとりだ。こんなの作文以下だ」
「喫茶店の現実じゃないですか」
「何が現実だ。書き直してこい」
だいたい、論語だってお経だって
多くは会話文で成り立っている。
そのほうがより伝わるからだ。

納得いかないぼくは、
書き直しなどせずに放っておいた。
そのことが気に入らない上司はぼくに
ことあるたびに無理難題を押しつけた。
夕方突然に「おい、今から熊本に行って
公衆電話に置いてある電話帳を盗ってこい」
と言ってくることもあった。
筑後訛りが抜けないその男から
「お前、ちゃんと標準語で話せよ」
と言われるのもシャクに障った。

最後にはぼくの夢にもケチをつけだした。
「しんた、おまえ夢はあるか」
「ありますよ」
「どんな夢だ?」
「ミュージシャンになる夢です」
「おまえ、いつまでそんな甘い夢を見とるんだ」
甘くても辛くても、夢は夢だ。
その言葉に縁の切れ目を感じたぼくは
翌日、無言で会社を去った。

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