吹く風

2010年03月

桜の花は散り始めているが
花見はこれからが本番らしく
ニュースは桜の木の下一面に
敷かれたシートを映し出す。
今宵その場に集う人は
何に浮かれて騒ぐのか。
酒か、異性か、人生か
散る花びらか、居残る花か。

風濃く吹けば桜舞い
桜吹雪けば風が散る

散らばる風に雲集い
雲極まって雨が降る

雨清く降り地を洗い
地清まれば風が吹く

風濃く吹けば桜舞い
桜吹雪けば風が散る…

えらく疲れている。
さらに三度目の風邪気味だ。
というわけで、今日は
お休みしようと思っていた。
ところが、何の因果か、
今また文章を書いている。
だけど、今日は
一回休みのお知らせである。
そう自分に言い聞かせないと
けじめがつかないし、
また無理をしてしまい、
風邪をこじらせてしまう。

ふと「一回休み」という
言葉を思い出す。
「一回休み」か、
えっ、「一回休み」?
一瞬この言葉の出所を忘れた。
だけど、すぐに思い出した。
すごろくだった。
ソニーのDVDではないです。
ゲームのすごろくです。
ああ、何言ってるんだろう。
鼻水に気を取られ、
思考が宙に舞っている。

東京にいた頃、浅草橋で
アルバイトをやっていたことがある。
午後四時に秋葉原で友人と落ち合い、
総武線に乗り込むのだ。
電車を降りると、
そこは人形や玩具の町であり、
普通に相撲取りのいる町であり、
懐かしさの漂う町であり、
夕方のラジオが似合う町だった。
サザンの「いとしのエリー」を
初めて聴いたのもこの町だった。
フラッペがかき氷のことだと
知ったのもこの町だった。
新しい友人との出会いもあった。
初めて人に裏切られる体験もした。
東京というのが特別な場所ではない、
ということがわかったのも
この町に通ったおかげだった。
それを考えると、
あの頃がぼくの東京時代の中で
一番充実していた時期だったと言える。
バイトの終わる時間が遅かったために、
夏の暑い時期だったにもかかわらず、
週に一度しか銭湯に行けなかったという
実に臭い思い出もあるのだが…。

1,
高いビルに登って景色を見ると
目の前に現れるのは、
空と雲と遠くの山の影ばかり。
牧歌的な雰囲気には浸れるものの
昔焦がれた都会の窓が見えない。
街を映し、並木を映し、
行き交う人の顔を映す、
そんな都会の窓が見えない。


2,
都会の鳥はカラスだと
いったい誰が決めたんだ。
メジロやムクドリやウグイスなどの
野鳥もやってくるんだから
カラスなどと言わないでほしい。
まさか都会の象徴がゴミだから、
それを餌にするカラスを
都会の鳥だと決めつけたのか。


3,
都会の裏側は古い木の香りが漂う。
都会の裏側は醤油の染みたにおいがする。
都会の裏側はほのかに樟脳の臭いもする。

都会の裏側はいつも猫が主役で、
都会の裏側はいつも猫が寝ていて、
都会の裏側はいつも猫が笑っている。

都会の裏側は自転車がキーキー息をする。
都会の裏側は自転車がパンパンはじけている。
都会の裏側は自転車がリンリン鳴り響く。


4,
都会の子供は駆けっこをしない。
都会の婆さんは駆けっこをする。

「とても五十代には見えませんね」
時々ぼくにそんなことを言ってくる人がいる。
髪の毛は真っ白だし、
体の所々に老斑が見えているし、
血圧や尿酸値は高めだし、
尿潜血だってあるわけだし、
カップルをアベックと言っているし、
カラオケに行くとGSを歌っているし、
橋幸夫の「雨の中の二人」も好きだし、
この頃は演歌のレパートリーも入ってきたし、
松田聖子の歌を最近の歌と思っているし、
昭和に換算して今年を数えているし、
仕事に没頭するのが好きだし、
サービス残業をあまり厭わないし、
五歳年下の人を新人類と思っているし、
老荘とか論語とかがわりと好きだし、
般若心経を唱えることもあるし、
現役の長嶋や王を見たことがあるし、
猪木とアリの試合を予備校サボって見ていたし、
先代の林家三平とが好きだったし、
歌奴の「山のアナアナ」が好きだったし、
大正テレビ寄席でドリフを知ったし、
寿限無も言えるし、
五十代であることを自慢しているし、
どこをどう取っても五十代なのだが、いったい
ぼくのどこを見てそう言っているのだろう。

そういうことを言われても、
ぼくは不思議に思うだけで、
決して喜ぶようなことはしない。
かといって、その人を警戒することもしない。
「ああ、そうですか。ありがとうございます」
と、丁重かつ素っ気なく返しているだけだ。

あ、そうそう、先代の三遊亭圓楽がなぜ
星の王子様と呼ばれていたのかも知っている。

いろんな人が自分勝手な判断で
曖昧な情報を垂れ流すもんだから、
その曖昧な情報を聞いた人たちが
鵜呑みにして駆け込んでくるもんだから、
三月の仕事が忙しくてならない。
普段は馬鹿言う時間くらいあるんだが、
今はその時間さえ与えてもらえない。
とにかく昼飯も食えない毎日なんだ。
みんなが好きな機種の多くは、
四月以降もポイントがもらえるんだから、
何も焦って買う必要はないんですよ。
うれしい悲鳴なんてのはいらないから、
とにかく普通の生活をさせてほしい。

水をよく切ってない野菜は
スープにうまくなじまない。
いくら秘伝のスープを使っていても
野菜がなじまないといただけない。
いただけないので食べないわけで
皆が食べないから繁盛しない。
それがわからないのかこの店は
相変わらず秘伝で勝負している。
だから誰も見向きもしない。
だいたい出来たばかりの店で
秘伝も何もあったものじゃない。
とりあえず秘伝は捨てて
基本から修行しなおすがいい。

難しい顔をして
今なお綴っているのは
ほんの小さな絵日記です。
生まれてからこのかた
ずっと書き続けているのは
ほんの小さな絵日記です。
誰に見せるものではないけれど
誰に語るものではないけれど
人生は見えない絵日記を綴ります。
秩序のない物語を綴っています。
人を愛することが一番鮮烈なのですが、
日々の暮らしはどうでもいいようなものですが、
人生はそれらすべてを絵日記に綴ります。
ありのままの姿を秩序なく綴っています。

例えばそうありたければ
そうあるように、
ぼくらは歌っていくのだ。
そうあるために、
向かっていくのだ。
苦い思いが去来して
行く手をはばむことだろう。
日々の営みが時として
多大な苦しみを課すだろう。
だけどそれに心奪われてはならない。
決してそれを受け入れてはならない。
例えばそうありたければ
そうあるように、
ぼくらは歌っていくのだ。
そうあるために、
向かっていくのだ。

九を超えられないんだ
十に辿り着かないんだ

生まれてこの方
絶えず数を数えている
一から九までいっては
また一に戻っていく
一から九までいっては
また一を数えている

ずっと同じ繰り返しだ
いつもと同じ光景だ
何度やってみても
九から先には進めない
どんなに頑張ってみても
十の世界に届かない

だからぼくはいつも
一に戻ってやり直す
これが良いことなのか
実は無駄なことなのか
十を知らないぼくには
まったくもってわからない

九を超えられないんだ
十に辿り着かないんだ

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