吹く風

人生万事大丈夫

2009年07月

この間大雨をもたらした雲の軍団が、
ゆっくりと南の方へ流れていく。
手に届くような低い所を、
まるで人を馬鹿にしたように、
ゆっくりゆっくりと流れていく。
あの雲の軍団を、
掃除機で吸い取ることが出来たら、
どんなに気が晴れることだろう。
ま、そんなことはどうでもいいけど、
もう二度とここに戻ってくるな。
そして今年の夏を返してくれ。

「めっきり涼しくなりましたね」
まさかこの時期に
この言葉を聞くとは思わなかった。
昼間はまだ暑く、
日が射せば汗ばむのだけど、
夕方にはいつも雨が降って、
一気に気温を下げてしまう。
すると辺りはすっかり秋のにおいで、
ついつい「秋刀魚で一杯」などという
季節外れの映像が、
頭の中を駆け巡る。
おいおい目を覚ませ!
今はまだ土用なんだぞ!
ウナギなんだぞ!
このおかしな気象を知っているのか、
空を赤トンボが舞っている。

もしかしたら冷夏なのかもしれないが、
一年中で一番暑い季節なのは間違いない。
だけどいくら暑いからといったって、
いくらのどが渇くからといったって、
空の上はアイスクリームではないのだから、
ペロペロなめるのは勘弁してほしい。
いやしくよだれを垂らすので、
本当に迷惑している。

見おろせば遙かな海が見える
南の国にぼくはやってきた
風にのって降りてみようか
もっと空を飛んでいようか

 この街はパイナップル通り
 見れば街は人だかり
 うん、一つ買ってみようかな
 だけどそれほどお金もないしね

汗が流れてひと泳ぎ
やけどの砂で甲羅干し

 次から次へと流れる波に
 人、人、人が乗ってくる
 初めて見おろす南の国が
 ぼくにはとても懐かしくて

息をつく暇もなく飛び回ったよ
旅の終りには汽車に乗ってね


南の旅


午後から降り出した雨は、
一変波打つような豪雨となり、
二十メートルより先の世界を、
完全に隠してしまった。
そこから徐行運転が始まった。
おまけに道路は水浸しで、
水はけの悪い幹線は、
流れの急な川へと変貌した。
ドッドッドッドッドッ、
水の中を車で進むのは、
あまり心地よいものではない。
エンジンやブレーキが心配で、
気持ちの昂ぶりが心配で、
操作ミスが心配で、
何よりも、
ドライバー同士の思いやりが心配だ。
ああ、天上界はいつまで
政権争いを続けるつもりだろう。

いったいオレは何のために生まれてきたんだろう。
気がついた時には卵の中にいて、
そこから必死に這い出した。
初めて土に身をさらした時は痛かったけど、
それもじきに慣れていった。
食べ物には困らなかったな。
そこにあるもの何でも口の中に入れていったから、
腹の減る暇はなかったよ。
それでブクブクと肥えていったんだ。
土の生活は何年続いたんだろう?
そこには天敵もいたけれど、
今となってはいい思い出だ。

ついこの間のことだった。
なぜか太陽が見たくなったんだ。
そう思うと息が苦しくなってきた。
そこで必死に地上に這い上がっていったんだ。
生まれて初めて見る太陽にまぶしさをおぼえ、
生まれて初めて見る樹木に心地よさを感じた。
生まれて初めての地上にとにかくオレは興奮した。
ところがそれからしばらくすると、
だんだん体が固まっていった。
そしてそのまま動けなくなった。

動けない時間はけっこう長かった。
オレは卵の中にいた時のことを思い出して、
その間ずっともがいていた。
それがよかったみたいで、
体に貼り付いていたものが剥がれて、
急に体が軽くなった。
そのとたんバシッという音とともに体が破れ、
光が差し込んできた。

やっとの思いで体から這い出すと、
なぜか腹回りがスースーする。
よく見ると足が生えているではないか。
おまけに背中がむずがゆい。
そこで体を揺すってみると、
あれあれ宙に浮いている。
いったい何が起こったんだろうと、
木に止まって考えた。
するとお尻が細かく震えだし、
わけのわからぬ音が出るんだ。

今度は音との闘いだ。
とにかく無意識に音が出るもんだから、
もうどうしようもない。
そしてその音が納まらぬままに、
今日という日を迎えた。
その音を聞いて女がやってきた。
そしてしきりにオレを誘惑する。
えっ、なんだこの気持ちは!?
オレは無性にその女が欲しくなった。
女が欲しい、女が欲しい、女が欲しい!!

…ことを終えてオレは今、
地面の上をのたうち回っている。
何度羽を動かしても飛べないんだ。
オレのそばを人や犬が歩いている。
もう死ぬのかなあ…?
いったいオレは何のために生まれてきたんだろう。

高校三年の夏休み、
ぼくらはドラムのセットを抱え、
田んぼのあぜ道を歩いていた。
空には一片の雲もなく、
午後の日差しが頭をめがけ、
容赦無しに降り注ぐ。
ジージーワシワシ樹木の蝉と、
ギーギーギッチョン草むらの虫が、
だらしい暑さのリズムを刻む。
ドラムを持つ手はふさがって、
顔の汗さえぬぐえない。
風もないから汗は乾かず、
ポタリポタリとしたたり落ちる。
気がつきゃ汗はスティックよろしく、
スネアの腹を叩いてる。
ツマランタタンと叩いてる。
卒業後の進路のこととか、
それを踏まえた勉強だとか、
そんなものには関心もなく、
ぼくらはだらしくツマランタタンと、
田んぼの中を歩いていた。


※だらしい…北九州方面の方言で、「だるい」とか「かったるい」とかいう意味。

これでもか、これでもか、
これでもか、これでもか、
これでもかと雨が降る。
辺りは水煙で真っ白だ。
普段は人通りの多い昼日中、
今日は誰も歩いてない。
これでもかっ、これでもかっ、
これでもかっ、これでもかっ、
必死になって雨が降る。
水不足が深刻だと言って
危機感を煽られたのは
ついこの間のことだった。
いったいこんなに多量の水が、
どこに隠れていたんだろう。
誰がいつ調達したんだろう。
これでもかっ、これでもかっ、
これでもかっ、これでもかっ、
飽きもせずに雨が降る。

夜に目が覚めると、なぜか眠れなくなるんだ。
別に仕事のことを考えているわけでもなく、
頭に嫌な奴のことを描いているわけでもなく、
気持ちが神経質になっているわけでもない。
眠たくないのではない、気持ちは眠たいのだ。
きっと体や心のどこかに、
睡眠を妨害する奴が潜んでいて、
しきりにちょっかいかけているんだろう。
以前はそれを七人の小人がやってるんだと思っていた。
ところが七人の小人の姿を想像すると
逆に落ち着いて眠れていた。
ということは彼らがやっているのではない。
それに人の睡眠を妨害するような奴だから、
七人の小人みたいにかわいいはずもない。
おそらくは悪魔顔なんかしてるはずだ。
こうなりゃとことん闘ってやるぞ。
出でよ、デーモン…、
ああ、今夜も眠れない。

風呂場の窓に貼り付いた
小さな小さなカベチョロが、
一丁前に虫を追う。
仏頂面をひっさげて、
幾何学的な目を剥いて
一丁前に虫を追う。
感情なんて欠片も見えない
小さな小さなカベチョロだけど
歩き方が愛くるしくて
その指先がかわいくて
ついつい笑みがこぼれてしまう。
風呂場の窓に貼り付いた
小さな小さなカベチョロが、
一丁前に虫を追う。

元来エアコンが苦手なぼくは、
汗のしたたる温度になろうとも、
肌のベタつく湿度になろうとも、
自然の状態のままに過ごしている。
自然だからといって何もないわけではなく、
たまに夏バテくらいはすることもある。
だけどそれも一日限りで終わることで、
夏中エアコン睡眠モードに入れて、
寝起きにだるさをおぼえたり、
寝冷えで腹をこわしたり、
夏風邪を引いたりするよりは、
遙かに体にいいことだ。
夜、時折吹く風に涼をおぼえ、
朝、蝉の鳴く声に目をさます。
夏は裸で自然とつきあえる
たった一つの季節なんだ。
そんな貴重な季節なのに
窓を閉めて、厚着して、
布団をひっかぶって寝るなんて、
何ともったいないことをしているんだ。

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