2002年3月4日の日記です。
5年くらい前、友人や親族を乗せ、日帰りで北九州~阿蘇~黒川温泉~日田~北九州という、ちょっときついドライブをした。
昼前に北九州を出て、昼間は阿蘇で遊び、やまなみハイウエイ経由で黒川温泉に向かった。黒川着は夕方、ここまでは順調だった。
温泉に入ったあと、のどが渇いたのでジュースを買おうと自販機を探していると、道沿いに温泉水を飲ませてくれるところがあった。
「胃腸に良い」と書いてある。ぼくはその言葉につられて、ジュースの代わりにその温泉水を飲むことにした。ちょっとしょっぱくて変な味がしたが、胃腸にいいのだからと我慢して飲んだ。
その後車に戻り、みかんなどを食べてから出発した。
黒川から日田までの道はかなり曲がりくねっていた。そのせいなのか、後ろの座席に座っていた人が「気分が悪い」と言い出した。しかたなく車を停め、休憩することにした。
しばらくして、その人が治ったというので、再び出発。
相変わらず道は曲がりくねっている。今度はぼくの気分が悪くなった。しきりにゲップが出るのだ。黒川で飲んだ温泉水とみかんが混じった臭いがした。
その臭いがぼくの気分をさらに悪くさせたが、あと少しで夕食なので、ぼくは我慢して運転を続けた。
しばらくすると、日田市内に入った。レストランがあったので、そこで夕食をとることにした。
車から降りると、すぐさまぼくはレストランのトイレに駆け込んだ。胃の中のものをすべて吐き出してしまおうと、指を突っ込んで出すだけ出した。おかげで気分は楽になった。
テーブルに戻り、頼んでいたスパゲティがテーブルの上に運ばれた。あまり食欲はなかったが、何か腹に入れておかないと後が持たないと思い、フォークを手に取り、スパゲティを口に入れようとした。
その瞬間だった。また吐き気が襲ってきた。ぼくは再びトイレに駆け込んだ。
口から悪の元凶みかんが出てきた。と同時に下腹に痛みが走った。十数年前と同じく、上と下で垂れ流しだ。
「もう動けん!」と、ぼくはトイレに座り込んだ。
しばらくして友人が呼びに来た。ぼくはトイレから這い出し、外気に触れようと、レストランの外に出た。
すると、道路を挟んだ向かいに、わりと大きな病院があった。そこで診てもらうことにした。
前回と同じように診察台の上に横たわり、点滴が始まった。
しばらくすると気分が良くなってきたが、前のことがあるので、無理はしたくない。
そこで先生に「入院させて下さい」と言った。
「えっ、入院?」
「はあ、このままじゃ帰れません」
「どこから来たんかねえ?」
「北九州です」
「北九州なら高速で1時間で着くじゃない」
「いいえ、1時間半はかかります」
「1時間半くらい我慢できるでしょう」
「出来ません」
「でも血行は良くなってきたじゃないですか」
「いえ、まだ気分が悪いです」
「おかしいなあ。じゃあ、立って歩いてみて下さい」
『このまま帰らされたら死んでしまう』と思ったぼくは、わざときつそうに立ち上がり、フラフラと歩いて見せた。
その演技に騙された先生は、
「どうもまだ悪いようですね。しかたない、泊まっていきなさい。でも、ベッドは空いてませんよ」
ということで、連れて行かれた所は、集中治療室だった。
5年くらい前、友人や親族を乗せ、日帰りで北九州~阿蘇~黒川温泉~日田~北九州という、ちょっときついドライブをした。
昼前に北九州を出て、昼間は阿蘇で遊び、やまなみハイウエイ経由で黒川温泉に向かった。黒川着は夕方、ここまでは順調だった。
温泉に入ったあと、のどが渇いたのでジュースを買おうと自販機を探していると、道沿いに温泉水を飲ませてくれるところがあった。
「胃腸に良い」と書いてある。ぼくはその言葉につられて、ジュースの代わりにその温泉水を飲むことにした。ちょっとしょっぱくて変な味がしたが、胃腸にいいのだからと我慢して飲んだ。
その後車に戻り、みかんなどを食べてから出発した。
黒川から日田までの道はかなり曲がりくねっていた。そのせいなのか、後ろの座席に座っていた人が「気分が悪い」と言い出した。しかたなく車を停め、休憩することにした。
しばらくして、その人が治ったというので、再び出発。
相変わらず道は曲がりくねっている。今度はぼくの気分が悪くなった。しきりにゲップが出るのだ。黒川で飲んだ温泉水とみかんが混じった臭いがした。
その臭いがぼくの気分をさらに悪くさせたが、あと少しで夕食なので、ぼくは我慢して運転を続けた。
しばらくすると、日田市内に入った。レストランがあったので、そこで夕食をとることにした。
車から降りると、すぐさまぼくはレストランのトイレに駆け込んだ。胃の中のものをすべて吐き出してしまおうと、指を突っ込んで出すだけ出した。おかげで気分は楽になった。
テーブルに戻り、頼んでいたスパゲティがテーブルの上に運ばれた。あまり食欲はなかったが、何か腹に入れておかないと後が持たないと思い、フォークを手に取り、スパゲティを口に入れようとした。
その瞬間だった。また吐き気が襲ってきた。ぼくは再びトイレに駆け込んだ。
口から悪の元凶みかんが出てきた。と同時に下腹に痛みが走った。十数年前と同じく、上と下で垂れ流しだ。
「もう動けん!」と、ぼくはトイレに座り込んだ。
しばらくして友人が呼びに来た。ぼくはトイレから這い出し、外気に触れようと、レストランの外に出た。
すると、道路を挟んだ向かいに、わりと大きな病院があった。そこで診てもらうことにした。
前回と同じように診察台の上に横たわり、点滴が始まった。
しばらくすると気分が良くなってきたが、前のことがあるので、無理はしたくない。
そこで先生に「入院させて下さい」と言った。
「えっ、入院?」
「はあ、このままじゃ帰れません」
「どこから来たんかねえ?」
「北九州です」
「北九州なら高速で1時間で着くじゃない」
「いいえ、1時間半はかかります」
「1時間半くらい我慢できるでしょう」
「出来ません」
「でも血行は良くなってきたじゃないですか」
「いえ、まだ気分が悪いです」
「おかしいなあ。じゃあ、立って歩いてみて下さい」
『このまま帰らされたら死んでしまう』と思ったぼくは、わざときつそうに立ち上がり、フラフラと歩いて見せた。
その演技に騙された先生は、
「どうもまだ悪いようですね。しかたない、泊まっていきなさい。でも、ベッドは空いてませんよ」
ということで、連れて行かれた所は、集中治療室だった。
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